月夜野町
3、4年前、片品村に行ってみたいと彼が言い出しました。
それまで、思い思いはしながらも、そのままになっていた場所です。
当日、沼田からバスに乗り1時間余、鎌田温泉のバス停に着いたときの事、
〈車窓から風景を眺めていても一向にイメージが湧いてこない・・戻ろう。〉
と彼が申しました。
6月に入って間もない頃で、終点の大清水まで行ったにしても、
水芭蕉はもう終わっているだろうし・・と思案する私。
乗車する前にバスの運転手さんに
泊まれる場所などいろいろ伺っておりましたので心配してくださって、
〈高いバス代を払ってせっかくここまで来たのですから
このまま帰るんじゃあもったいないですよ。
近くに美味しいお蕎麦屋があるからそこで昼を済ませ、
せめて、吹割の滝だけでも見て帰るってことにしたらどうですか?〉
そして、お昼を食べたら何時のバスに乗って・・
吹割りの滝では○○のバスに乗れる・・などなどいろいろ教えてくださいました。
幸せなことに、山菜いっぱいの天ざるはとてもおいしかったし、滝もみごとでした。
滝と言われて想像する普通の滝の姿とは全くちがった“吹割の滝”、
運転手さんが教えてくださったバス時間のことなどすっかり忘れ見惚れてしまいました。


そしてその夜は、以前にも泊まった事のある月夜野町のホテルに泊まり、
翌日は、歩きなれた道を散策、谷川岳のよく見える丘にものぼりました。
でも、彼の想いとは裏腹に、辺りの風景は少しずつ変化しているようでした。
(※以前月夜野町で描いた描いた絵は、ホームページ上でご覧いただけます。)
何とも情けない顔をした彼をよそに私は、
近くの溜め池に沢山のおたまじゃくしを見つけて大はしゃぎ!
枯れ草で水をさわさわゆすると、ほうら、来る、来る、来る!
〈こんなに沢山のおたまじゃくし、見たことある?〉
集めるだけ集めて、木の葉を遠くに投げたら・・
〈ほうら、だまされた、だまされた! みんな向こうに行っちゃった!〉
〈いや、物事に動じないしっかりしたおたまじゃくしもいたぞ!〉とは彼の言。
そして翌日、
せっかく水上まで来たのだから湯の小屋まで行ってみようということになりました。
終点でバスを降りて、木陰がほしいくらいの強い陽射しの下、
いつものように目的地なしの、ぼちぼち歩きがはじまりました。
ときに水際に下りて手をひたし、石に腰をおろし、
彼はスケッチ帳を広げ、私にとってはとりとめもない時間・・
ときどき車が通りすぎてゆきます。

地図帳を広げてわかったこと。
この道をどこまでも行けば片品村に通じていたのです。
この先には道がないとばかり思っておりましたので、
変なところで感心してしまっておりました。
と、先を行く彼が立ち止まって何やら指さしています。
何と何と、そこにあったのは、“熊出没注意!”という朱書きのたて看板でした。
バス停近くの店で遅い昼食、
〈山菜のてんぷらと、岩魚の塩焼き〉
山菜はこの近くで採れたものでしたけれど、岩魚は残念ながら・・
家に帰ってからのニュース番組で、尾瀬で熊に遭遇した人がいたことを知りました。
湯の小屋行きのバスで、山々の間から、まだ雪の残っている山頂が見えて、
〈多分あれが至仏山、とするとあの向こう側が尾瀬・・〉
と話していたのですが、急に、“熊出没”の看板が現実味を帯びてきて、
あの時すぐ引き返してよかった、と、顔を見合わせたものでした。