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なっちゃんの小さな思い出・菊名にて

2009 / 11 / 01 なっちゃんの思い出(1)

月夜の線路

その日なっちゃんは、おばあちゃんの割烹着の裾をきゅっと握って
ころばないように、急な坂道を登っていたの。
〈どこへ行ってきたの?〉
〈やぶのお家・・〉
そう、藪(やぶ)のお家へ筍をいただきに行っての帰り道。
その道は、竹の根っこがにょきっと顔を出していたり
大きな石や小さな石がころがっていて、とってもあぶないの。

だからおばあちゃんは、出がけに
下駄がぬげないようにね・・と言いながら
駒下駄の鼻緒に赤いリボンを結わえつけ
かかとにまわして、きゅっと結んでくださったの。

   これは、3歳まで住んでいた菊名の家を思い出すたび
   必ずといってもよいほど心に浮かぶ風景で
   そしてこの時の、ちょうど粘土のような
   赤褐色の土の色までが目に浮かんでくるのです。

菊名のその家は、東横線の菊名駅に近い
だらだら坂道を少し登った右側にあって
石段を5,6段登ると門があり
両側には、真黄色のレンギョウの花が、沢山咲いていた。

門を入ると右手に家
左手には、土手を背にして庭が広がっていて
真っ赤に熟れた苺がいつもたくさん実っていた。

玄関を入って右側に、応接間
そしてなっちゃんは、この応接間が大好きだった。
なぜって、出窓の下の戸棚を開けると
そこには、宝物がいっぱいつまっていたから・・
マンドリンやおもちゃのピアノ
絵本や、ぬいぐるみのクマさんやお人形。

   〈こんど直すからといってはお父さんが、
   こわれた物を全部押し込めていたのがその戸棚だったのよ〉と
   母が話していたのを聞いたような気がするのだけれど。

そして蓄音機のまわる音がして・・あの歌が聞こえてくる

  ♪♪・・ポンポンピアノの音がする
      ど~このお家で弾いている
      あっちのお窓をのぞいたら
      赤いダリアが こんにちは・・♪♪

   妹が生まれた昭和17年のはじめ
   2歳半だった私は、よく
   横浜線の大口という所に住んでいた父の友人の家に
   連れて行ってもらっていたような気がする。

お父さんとおじちゃんは、仲よし同級生だったって・・
でもね、おじちゃんのお家には子供がいなかったから
なっちゃんはその日も、おじちゃんの家で
おばちゃんと二人でおじちゃんの帰りを待っていたの。

   きゅっと一つに丸めた髪を後ろでまとめ
   地味な風合いの着物を着て
   お化粧もしていなかったおばちゃんの姿が
   今になってもほんわりと、かげろうのように浮かんでくる。

窓を開けると、すぐそばに線路があって・・

   というより私は、長い間
   “おじちゃんとおばちゃんのお家は、線路の上にありました”
   と思いこんでいたようだ。

お家が線路のすぐそばにあったから、ほんの時たま
ガタガタと窓をふるわせて、電車が通りすぎて行くのがわかったの。
そしたらおばちゃんが
〈ほうらこうしてね・・畳にお耳をつけてごらんなさい。
そうしたら・・ もしかしたら・・
おじちゃんが帰ってくる足音が聞こえてくるかもしれないでしょ〉

なっちゃんも大いそぎで腹ばいになって
畳にお耳をくっつけてみたの。
ほんとうだ!
なんだか急に、いろんな音がきこえてきたみたい。
〈きこえたよ!〉 
なっちゃんは大いそぎでとびおきると
思いっきり大きく窓をあけて外を見た・・

びっくりした!
お空にまんまるお月さま       
線路が、きらきら光って見えた

でもね、だあれもいない・・
なっちゃんはもういちど腹ばいになって
畳にお耳をくっつけた・・
おもしろくて、おもしろくって・・
何どもなんども、くり返しているうちに・・

本当だ!

線路のまん中を、影絵のように歩いて来る人がいる・・
ほうら、あの帽子、山高帽子、やっぱりおじちゃんだった。

山高帽子をかぶったおじちゃんは
まん丸お月さまを背中にしょって
ざくっ、ざくっと線路の砂利を踏みしめながら帰ってきたの。

なっちゃんはもう、うれしくって、うれしくて
おじちゃんにとびついた。
おじちゃんも大きな声でほがらかに笑いながら
なっちゃんをだっこしてくださってね・・

   私が知らない間に始まっていた戦争は
   やがて負けて終わった。
   父は戦死して、おじちゃんだけが戦地から帰って来た。

そして昭和21年、復員したばかりだというおじちゃんが
まだ疎開先にいたなっちゃんのお家を訪ねて来てくださったの。

でもね、おじちゃんの、ふさふさまっ黒だった髪の毛は
まっ白に変わってしまっていて・・

〈一晩でこんなになってしまったんだよ〉
おじちゃんは、笑いながら話していたけれど
びっくりしてしまったなっちゃんは
ただただ、立ちつくしていただけ・・。

それに、お父さんが戦死したことを
おじちゃんも、もう知っていたから・・
だから、大人どうしのお話の輪の中に
子どもはもう入っては行けませんでした。

戦争が終わった後、いろんなことがいっぱいあって
みんなの暮らしもすっかり変わってしまっていたから
おじちゃん達とあう機会もだんだん減ってしまっていて・・

それが或る日、
〈あの人はたった一人、田舎に帰ってしまったんですって!〉
そんな風に大人たちが話ているのを聞いてしまったのは
なっちゃんが小学校3年生になった頃(昭和23年)のことでした。

あの人って、もしかしたら、“大口のおばちゃん”のことかもしれない
〈そう、そうにきまっている〉

どうしてか、おじちゃんにはもう新しい奥さんがいて
かわいい女の子もいるんですって・・。

その時なっちゃんはふっと
おばちゃんが帰ったという田舎は
白河に違いない
白河には、いつもなっちゃんをおんぶしてくださった
あのやさしいおばちゃんがいるではないの。

そして、二人のおばちゃんが寄りそうように
あの薄暗いお茶の間でお話している姿を想像しては
なぜかほっとしていたのです。

<田染幸雄と横浜について>

27歳で上京した田染は、当初、建物の絵を多く描いていたようです。
東大付近の家屋、大塚消防署、小樽風景など。
また横浜も、港に近い辺りだと思うのですが、描いたことがあったとか・・。
資料が見つかった折にはそれらの絵も
ホームページ上で紹介させていただきたいと考えております。

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