なっちゃんの思い出・雨上がり
雨上がり
朝から降っていた雨もいつの間にか上がって
授業が終わるころには、お日さまもさしてきたの。
でもね、あっちこっちに水たまりができているから
気をつけて歩かないと、はねがあがってしまうし
下駄の花緒も汚れてしまう。
その時、はだしの子がいっぱいいることに気がつきました。
そうだ、みんなの真似をすればいいんだ !
そうっと地面に足をおろしてみると
おおっ、何だかヒヤッとして、ぬめっとした感じ!
思わず引っこめてはみたものの、足はもう汚れてしまってて・・
仕方ないか !
おそるおそる歩いてみると・・歩けた !
みんなと同じように、下駄をブラリン、ブラリンふりながら・・
何だかだんだん楽しくなってきて、ピチャッ、ピチャッ !
ほら、棒切れに鼻緒を引っかけて肩にかついで歩いてる子がいる !
なんだか威張っているみたい
あんなかっこいい棒、どこで見つけてきたのかしら。
それなのに、橋の近くまで歩いてくると
目の前の水たまりが
輪を描いたようにいろんな色にぎらぎら光っているように見えました。
赤、青、黄色、銀色・・
それが、色も形もいろいろ変わっていくように見えて・・
〈 足があんな色になってしまったらどうしよう 〉
何だかこわくって、気持ち悪くって・・
〈 もう、はだしで歩くの、いやっ ! 〉
シュパーっと走ってきた2,3人の男の子が水たまりの中で
ビチャン、ビチャンと飛びはねて
〈 もういや! 水がはねるじゃないの ! 〉
思わず足をちょんちょんとふって、下駄をはいてしまいました。
よごれた足のままで・・でも、しかたがなかったの。
そして・・気持ち悪い水たまりを歩きました。
下駄を汚さないように、ゆっくり、ゆっくり
いつの間にか、たった一人になってしまっていました。
気がつくと、虹のようないろんな色は
水たまりだけじゃなくて、ぬれた地面にもついていて
それは、
荷車の車輪にさした油が地面に落ちて
お日さまの光をあびて光っているだけだってことがわかりました。
でもね、わかったからってやっぱり気持ちは悪い。
できるだけすみの方を
少しでもかわいた草の上を歩くように・・
だからいけなかったんだ !
足もとばかり見ていたから・・ああ、失敗した!
いつもだったらぜったいに歩かない場所
お寺の、それもこわれかかった生垣のすぐそばを歩いていたなんて !
あんなにたくさんお墓が並んでいて
新らしい卒塔婆 ( そとば ) には
雨でびっちょり濡れた着物がかかっているし・・
何だかだんだん怖くなってきて
思わず目をつぶって走りかけたとき
ふっと目のはしに
何だか青っぽい光が動いたような・・そんな気がして
思わず立ちどまって、ふり向いてしまいました。
〈 今のは何だったんだろう・・! 〉
そうしたら、垣根からそんなに遠くないところ
青草がいっぱい生えていて
赤茶っぽい、掘りおこしたばっかりの土も見えていて
そう、そこ・・
地面からほんの少しだけ上のところ・・
ほうらそこに、青緑っぽい炎みたいなものが
ほあほあって、燃えるように光ったのが見えた !
〈 えっ、なあに? 今のはなあに ? 〉って思ったときには
もう消えてしまっていて・・
そしてまた、ちろっ、ちろちろっ・・
〈 今のは何だろう・・ほんとに、何かが見えたのかなあ・・ 〉
と思ってしまいそうなくらい、ほんの一瞬だけ
ふっと燃えて、ふっと消えてしまいました。
何だか炎のようなもの・・
でも炎だったら、赤く燃えて熱いでしょ。
でもそれって、青っぽくて緑色っぽくて
何だかとてもつめたそう・・
そう思ったら急にこわくなってしまって
道の反対側の川のほとりまで逃げてしまいました。
とても大きなその川は
向こうの向こうまでずうっと広がっていました。
そして足元の深い淀には
水面いっぱいびっしりと、菱(ひし)の葉が浮かんでいます。
そしてこの日は、菱の葉の向こうに
まっ黄色な河骨(こうぼね)の花が
まるで、顔を天に向かってつき上げているように
つんつんつんって咲いているのが見えました。
ほらあそこ、ほうらあっちにも、一つ、二つ、三つ
いつの間にか、河骨の花を目で追いかけているうちに
花の姿が、向こうに行くにつれて
だんだんだんだん 薄うくぼんやり霞んでいって
とうとう見えなくなってしまいました。
そして、そのときはじめて
向こう岸が見えないことに気がつきました。
いつもだったらよく見えていた、家や、畑や森・・
何だか、空気までぼあぼあと動いているようで
川と空がつながってしまっているようでした。
今日は何もかもがおかしな日・・となっちゃんは思いました。