上記の絵はモノクロ写真のみ保存されておりましたので
拡大写真は掲載いたしませんでした。
田染幸雄のメモ
1979年11月
23日 妙高々原駅よりバス終点杉野原まで行き、しばし小雨の中を歩く。
濡れたアスファルト道路に両脇の杉木立と黄紅した木々・・
そして遠景がガスっている調和は美しかったが、絵とするには画一的。
夜、宿で出されたみかんを写生する。
24日 宿の若奥さんの運転で、「苗名の滝」を案内される。
滝の水量が多い時、その水音が轟音のように響くことから
「地震滝」とも評されるとの説明を受ける。
池の平、いもり池を歩く。
夜、今日スケッチした2点に淡彩。
25日 燕温泉 絵にできる風景無し、自然を楽しみながら歩く。
燕温泉下二つ目のバス停下車。
岡倉天心終焉の地で休憩。
今日一日曇り状態で、晴れ間見えず。
宿で、淡彩2点。
26日 晴れ。再び「 いもり池 」へ。
いもり池ごしの妙高山は雲にかくれ見えず、
左手の黒姫の雪のない頂上が見え隠れする状態だった。
1992年3月 妙高方面に向かう。
3日 妙高々原駅下車、タクシーで池の平にむかう。
いもり池近くで下車するも、池は見当たらず。
ずいぶん探したが結局、
雪に埋まってしまっていたことがわかってからは付近を散策。
暑いくらいの天候で、
黒姫、妙高など山々もはっきり眺められるようになった。
1992年6月
長野から特急で妙高高原駅まで・・
陽も赤味を帯びて夕方の気配が漂よってきた。
ホテル到着後近辺を散策、いもり池でノートに簡単なスケッチをする。
2日 早朝5:30頃いもり池まで。
道すがら、鳥のさえずりがしきり。
いもり池辺りでは、一段と美しく聞こえてくる。
素晴らしい晴天に妙高山は美しく映えて、
進行した新緑とマッチして見事だ。ノートに一枚スケッチ。