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なっちゃんの思い出・おつかい

2011 / 02 / 14 なっちゃんの思い出(3)

なっちゃんの思い出

〈 こんな絵を描いていた頃もあったなあ・・ 〉
と言って、田染が1枚の絵の写真をみせてくれました 。
〈 どこかで見たような気がする建物 ・・ 〉 と私
〈 有楽町の赤レンガの建物さ 〉 と彼は言います。
〈 見たはずよ! 昔その辺りにはよく行ったことがあるから 。
でも、小学校2,3年の頃だから、昭和22,3年・・ 〉
〈 またずいぶん昔のことを思い出したものだねえ・・ 〉

その時彼の手にあった写真を探してみたのですが、見つかりませんでした 。
その代わり、同じ頃描いた有楽町界隈のデッサンがありましたので
紹介いたします 。

上京して間もなくこの絵を描いたと申しておりましたので
1958,9年頃(昭和33,4年)ではないかと思います。

高円寺のころ  ―おつかい 有楽ビルへ-

60年以上も昔、幼かった私が一所懸命歩いていたのは
赤レンガの建物が立ち並ぶ静かな道でした。

昔コックとして郵船に勤務し、船に乗っていた伯父は
戦後そのつてで、占領軍のコックとして住み込みで働くようになっていました。
そこが、有楽町の赤レンガ街の一画にある建物、
私たちはその当時、その建物を有楽ビルと呼んでいました。

 なっちゃんが学校から帰ってきた時
 〈 早くごはんを食べて、これをじいじのところに持って行ってちょうだい 〉
 とばあばが言いました。

 いつものようにばあばは
 洗濯して、こてを当てた真っ白なコックさんの帽子や上っぱり
 下着やら何やらをきちんとたたんで風呂敷につつみ
 お母さんが縫った手さげ袋に入れて、なっちゃんを待っていました。

 高円寺駅から東京駅まで省線電車に乗ったなっちゃんは
 いつものように、丸の内南口から外に出ました。
 左側には大きな郵便局、向かい側には丸ビルがあります。

 その丸ビルの横を通り過ぎて、左に曲り少し歩くと
 右側に有楽ビルはありました。

 そしてじいじ達が暮らすお部屋は
 有楽ビルのうす暗い細い階段を3階まで上がった所にありました。

 2段ベットが3つ置いてあって
 6人のおじちゃん達がそこで暮らしています。

 部屋に入るとすぐ左側に、タテにベットが置いてあって
 右側の中央には窓、その窓をはさんで
 2台のベットが向かい合うように並んでいました。

 その窓ぎわには、小さな机と椅子
 左側の奥には、背の高い物入れが並んでいました。

 じいじのベットは、ドアを入ってすぐ右側の上の段・・
 なっちゃんはいつも
 小さなはしごを登って荷物をベットに置いて
 仕事から上がってくるじいじを待っていました。

 交替で仕事に出ているのか
 なっちゃんが行った時はいつも、誰かしらがベットで寝ていたので
 邪魔しないように、ドアの外で待っている時もありました。

 廊下の片すみには、石で出来た小さな流しと三角形の棚があって
 棚の上には、ガラスのコップと歯ブラシ、そして歯みがき粉の箱が
 置きっぱなしになっている時もありました。

 じいじより先にお部屋に帰ってきたおよそのおじちゃんが
 〈 お父さん、もうすぐ上がってくるからね 〉と
 優しく声をかけてくださったりして・・
 〈 ・・あの人、お父さんではないの 〉
 って本当は言いたくて、でもそんなことは言えなくて・・
 だまって下を向いてしまっていた時もありました。

 そしてある時、その人からすてきな贈り物をいただきました。

 白いコックさんの上着のポケットから、何やら手品みたいに
 いろんな色をした紙のたばを取り出して、なっちゃんの手に握らせて
 〈 匂いをかいでごらん 〉ですって・・

 ほんとにほんとだ、いい匂い !
 なあに、これなあに ? 

 びっくりしたなっちゃんの顔を見たおじちゃんが
 〈 調理場には、
 肉や野菜や缶詰がたくさん運ばれて来るんだけれど
 果物は、いたまないようにって、一個ずつこんな紙で包んであるんだよ。
 きれいだから集めておいた・・ 〉ですって。

 なっちゃん、思わずにこにこしちゃった・・
 なぜって、とってもやわらかい紙で
 くちゅくちゅくって、しわがよっててね
 もも色だったりもっと赤っぽかったり
 黄緑色や黄色や、青っぽいのもあったり
 いろんな色の紙がいっぱい ! みんな違っていい香り!

 レモンかな、りんごかな、みかんかもしれない・・ 
 きっと、見たこともないような果物もいっぱいあるんだろうな・・

 じいじやおじちゃん達は、進駐軍の食堂で
 毎日いろんなお料理を作っているんですって。
 だからきっと、想像できないくらいめずらしい品物がたくさん 
 お船で運ばれてくるにちがいないってその時気がつきました。

 この前、じいじを待っていた時
 背のびして、おでこが窓ガラスにくっつくくらいにして
 窓のずうっと下のほうをのぞいて見たら
 そこは中庭のようになっていて
 向かいの建物の裏口から出てくる人の姿が見えました。

 白い上っ張りをぬいでしまっている人
 帽子をぬいで頭ごしごししながら歩いてくる人もいて・・
 そうして、ほうらドアがあいて
 じいじだったりほかのおじちゃんがお部屋に入ってくるの。

 そんな時いつも、何だかいろんな匂いもいっしょに
 お部屋に入って来たような気がするの。
 お肉が焼けたとき、こんな匂いがするのかなあ・・

 進駐軍の人たちが食べる物を作っているって
 じいじ達は言っているけれど、
 進駐軍って、いったいどこのだあれ、何をしに日本に来ているの。

 なっちゃんが赤ちゃんだったとき戦争が始まって、お父さんは戦死して・・

 どうして戦争がはじまったの・・
 なっちゃんにはわからないことばっかり !

 日本が負けて戦争が終わって、あっちもこっちも焼けあとだらけ。
 焼けあとで、土台石づたいに追いかけっこしながら遊んでいる時
 ここに、りっぱなお家が建っていたなんて
 うそみたいだなあっていつも思っていたの。

 じいじは昔、郵船のコックさん
 世界のあちこちを旅していたんですって。
 郵船は郵便船、手紙や小包やいろんな品物を運ぶのがお仕事
 そしてそのお船には、
 外国に旅行する人たちもいっぱい乗っていたんですって。

 じいじは、いろんな名前のお船に乗って
 たくさんの国をまわったって言っていたけれど、
 その中でもね、欧州航路っていうのが好きだったみたい。

 〈 もっと大きくなったら読んでごらん・・
 岩窟王っていう有名な小説があるのさ。フランスの話でね、
 主人公がだまされて長い間牢屋に閉じ込められていたんだけれど
 幸いなことに抜け出すことができて、悪いやつに仕返しする話さ。
 お客さんの中には、その物語を読んでいる人がいっぱいいたから
 時には船長さんのサービスで
 ・・向こうに見えるのが・・
 ・・かのダンテスが閉じ込められていた牢獄の島、イフの城です・・
 なんて、船をゆっくり進めたりしたもんさ。
 日本を出てから何十日もたっていたから
 長旅で退屈したり疲れたりしているお客さんたちは大喜びでね・・
 ましてやマルセーユ港も目と鼻の先だ・・
 そこで船を降りて、汽車でパリまで行く人もたくさん乗っていたからね 〉

 でも、戦争がはげしくなると郵船のお仕事もおしまい
 陸( おか )にあがることになったんですって。

 そして、長い戦争が終わって・・
 戦争に負けたのは日本。
 勝った国の人たちが日本に来ることになったので
 まえに郵船でコックさんをしていた人たちが
 こんどは進駐軍のお料理を作るようになったって
 じいじが話してくれました。

 このお部屋の人たちみんな、昔は船乗りだったなんてねえ !
 考えただけでわくわくしてしまう !

 なっちゃんはね、やわらかい紙をほっぺにあてていい香りをかぎながら
 じいっと目をつぶっていたんだけれど
 そのうちにふうっと、ずっと前に読んだ本のことを思い出していました。

 その物語の中で、主人公の男の子が昼寝をしていたお部屋には
 もしかしたら、こんな香りがただよっていたのかもしれない
 そんな気がしてきたからね。

 その部屋の高い天井には
 大きな扇風機がゆっくりと回っていて
 太いつるを編んで作った壁には、ヤモリがじいっととまっているの・・

 ほうら、お部屋ぜんたいが、なんだか緑色
 そして何ともいえないいい香り・・
 だってね、男の子が寝ていたのは日本ではなくて
 ジャワだったのかボルネオだったのか・・
 その子はね、お父さんがお仕事をしている遠い遠い南の島まで
 たったひとり船に乗って来たんですって・・

 もうひとつ・・高円寺駅で
 およその人の話を聞いてわかったこと !

 行き先までの切符をいっぺんに買ってしまわずに
 途中の駅までの切符をまず買って、その駅で切符を買い直すと
 ほんの少し安くなることがあるんですって !
 でも、気をつけないと
 逆に高くなってしまうこともあるって笑っていたけれど ・・

 何だかおもしろいっ! て思ったから
 切符売り場の上の料金表をよおく見て
 四谷まではいくら、市ヶ谷まではいくら・・っておぼえておいたの。
 そして帰るとき、東京駅でやっぱり料金表をよおく見て・・
 もしかしたらって思ったから
 思いきって飯田橋って所までの切符を買って・・

 どきどきしながら、飯田橋駅で電車を降りて
 どきどきしながら改札を出て
 やっぱりどきどきわくわくしながら高円寺までの切符を買ったの。
 〈 ほんとうだ ! じいじからいただいたお金がすこうしだけ残った ! 〉

 飯田橋で電車に乗って・・
 いつものように代々木、大久保、そして中野駅をすぎると、
 ほうら向こうに氷川神社の一本杉が見えてきた !
 もう少し行くと、いつも学校に行くとき渡ってる踏み切りがあって
 そうして、ほうら高円寺に着いた !
 なんだか大きな冒険をしたようでわくわくしちゃった !

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